最近、新しい発見や歴史的見方の変化により、親世代が学んだ内容と子供世代が学ぶ内容に違いがあるものが増えてきています。

変化が目に見える形で現われるのは、4年に一度の指導要領の改定のタイミング。

そんなテーマについて、子供と話をする際に知っておきたい内容を調べて紹介します。

鎌倉幕府のはじまりが1192年から1185年に変わったのは?

「イイクニつくろう鎌倉幕府」とおぼえた親世代も多い、鎌倉幕府の成立。

ココに親世代と子供世代のギャップがあります。

鎌倉幕府のはじまりについての親子の認識の違い
  • 【親世代】鎌倉幕府のはじまりは1192年
  • 【子供世代】鎌倉幕府のはじまりは1185年

調べた方法

このテーマについては、大きく以下の4つの方法で調べました。

鎌倉幕幕府のはじまりの年代の変化を調べた項目
  • 文部科学省の公式サイトの検索窓に「鎌倉幕府」「1192」などを入れ、ヒットした内容を読む
  • 教科書会社の指導要領などを読み込む
  • 新聞記事などを読み込む
  • 関連書籍をチェック

まずは王道かと、文部科学省の公式サイトで検索を行いましたが、こちらではヒットがありませんでした。

光村図書、東京書籍などの小学校の社会の教科書でおなじみの会社のサイトにもこのこのことについての言及は検索では見つけられませんでした。

続いて、新聞記事や雑誌のをチェックしていきます。

見つかったもので、読むことでおおまかに内容が把握できるのが下記の3記事の読み比べです。

上記記事の中から要点を抜き出してならべると以下のようになります。

要点をチェック!朝日新聞「中学校の歴史 1192は違うの?鎌倉幕府成立 2008年02月28日」

候補は主なものが2つあり、現在では1185年説が有力。

  • 現在の中学歴史教科書の多くが、鎌倉幕府の成立が、1192年ではなく1185年に変わっている。
  • 1192年は源頼朝が征夷大将軍に就いた年
  • 1185年は源頼朝が軍事・行政官「守護」や、税金集めなどをする「地頭」を任命する権利をえて、幕府の制度を整えた年
  • 「実質的に幕府が成立したのが85年。92年は征夷大将軍という『名』を得て名実ともに幕府が完成した年と考えられます」(社会編集部副編集長の和田直久さん)

要点をチェック!東洋経済「鎌倉幕府は何年に成立?正解を言えますか? 「1192」「1185」も違う?歴史は「進化」します2016/06/09」

候補は6つあり、鎌倉幕府成立と言い切るのが難しく、段階的に成立したと考える。

  • (鎌倉幕府成立年候補1)家臣(御家人)を統制する「侍所」が設置された1180年
  • (鎌倉幕府成立年候補2)院庁(いんのちょう)から頼朝の東国支配が承認された1183年
  • (鎌倉幕府成立年候補3)主要政治機関(公文所・問注所)が設置された1184年
  • (鎌倉幕府成立年候補4)守護・地頭を設置し、全国の土地管理権を掌握した1185年
  • (鎌倉幕府成立年候補5)奥州を平定した1189年
  • (鎌倉幕府成立年候補6)源頼朝が征夷大将軍に任じられた1192年
  • (旧)1192年の将軍就任→(新)段階的に成立(特定の年号だけを明記せず)

要点をチェック!日経新聞「リンカン? ローズベルト? 大変わりする歴史教科書  2017/3/24」

鎌倉幕府の成立には諸説あり教科書によって表記が異なる場合がある。

受験などの試験では「(教科書会社)8社中1社しか残っていない旧説であっても、教科書に載っているなら正解」となる。

  • 東京書籍の記述「1185年のほかにも1183年に頼朝が東日本の支配権を朝廷に認められた時期や、1192年に頼朝が征夷大将軍に任命された時期などを考える説があります
  • 日本文京出版も同様

帝国書院のQ&Aをチェック!

鎌倉幕府についての考え方のポイントは帝国書院のQ&Aによくまとめられていました。

長くなりますが引用をしておきます。

Q5:鎌倉幕府の成立は1192年ではないという説が有力になっていますが、どのような根拠にもとづいているのですか。

A5.鎌倉幕府が開かれた年は、「いい国つくろう鎌倉幕府」という語呂合わせがあるように、源頼朝が征夷大将軍となった1192年とする説が広く知られていました。しかし、近年では鎌倉幕府を構成する組織が1180年から徐々に設置されるなど、1192年までの間に段階を踏んで整えられていったと考えられています。
1192年は成立ではなく、鎌倉幕府という組織の基本形態が名実ともに「完成した」という見方が優勢になっています。
そのため教科書では、このような近年の見方に基づき、年表で平安時代と鎌倉時代の境界を斜め線で表すなど、鎌倉幕府の成立年を単独の年に求めるのではなく、段階を踏んで「完成した」ととらえています。
参考までに1180年から1192年の鎌倉幕府に関するおもな動きは以下の①~⑥のようになっています。
①1180年:頼朝が東国支配を樹立(富士川の戦いでの勝利など)し、鎌倉を本拠地に侍所を設置した
②1183年:朝廷より頼朝の東国支配権を承認する宣旨が下された
③1184年:公文所(のちの政所)・問注所を開設した
④1185年:守護・地頭を設置した
⑤1190年:頼朝が右大将(右近衛大将)、日本国総追捕使・総地頭となった
⑥1192年:頼朝が征夷大将軍となった『国史大辞典3』(吉川弘文館)によると、鎌倉幕府という呼称が学術上の概念として用いられはじめたのは明治20年ごろからです。征夷大将軍を首長とする政権を幕府とよぶようになったのは江戸時代後期からとされており、「○○幕府」という呼称は鎌倉・室町時代の武家政権が続いたことによって成立した呼称と考えられています
このように、今日の「征夷大将軍になる=幕府が成立する」という考えは江戸時代後期に誕生し、鎌倉時代にはなかった考え方であること、また実質的な組織はそれ以前から成立していたことなどから「征夷大将軍となる(1192年)=幕府が成立する」とは考えられなくなっています。
また、元来中国の古典で「将軍の陣営」を意味する「幕府」という言葉が、征夷大将軍とセットで使用されるようになった背景には、「幕府」が右近衛大将の中国名であり、右近衛大将に任じられた頼朝がやがて征夷大将軍になったことに由来すると言われています。
参考文献:国史大辞典編集委員会『国史大辞典3 か』 吉川弘文館 1983年

要点をチェック!書籍「こんなにかわった!教科書の新常識」

書籍「こんなにかわった!教科書の新常識には、「そもそも『征夷大将軍になること=幕府の成立』という考え方は江戸時代後期に誕生したといわれ、鎌倉時代を生きていた人にとっては『鎌倉幕府? なんですかそれ?」という存在だったかもしれません。未来の教科書では、さらに塗り替えが進む可能性もあり、まだまだ目が離せません」との記述もあります。

このような話を親子ですることで、”歴史”を学ぶ意味や意義についても考えるきっかけとなりますね。

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